2017年01月01日

あけましておめでとう

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしく。

常に進歩&向上して行きましょう!


terusannoyume at 09:57|PermalinkComments(1)TrackBack(0)「日記」読まないでね! 

2016年12月31日

もうすぐです、来年は…

2016年も今日で終りですね。

後1時間ぐらいで来年です。

早かったなー。時間の流れが。

来年も良い年でありますように…。


terusannoyume at 23:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)「日記」読まないでね! 

2016年12月19日

続けることが大切

下手だった人でも
続けていると少しずつでも上達する。

あきらめちゃダメなんだね。

どこがいけないのか?

気付いて、直していくと何とかなる。

続けることが大切。


terusannoyume at 23:58|PermalinkComments(1)TrackBack(0)効果的なアドリブ上達法 

2016年12月18日

毎日、何かを学ぼう!

今回は、日記です。

今日は神田の本屋さんで6冊購入。

それから最近は、
中古でしか手に入らない本やDVDを
アマゾンで取り寄せたりしている。

今日もDVDが1枚送られてきたので、
これから(深夜)観る予定です。

それからYouTube も毎晩観ていて
いろいろなことが学べて楽しい。


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2016年12月17日

キース・ジャレット研究(3)

今回も3日連続で
キース・ジャレット・トリオの
演奏を聴いて勉強しよう。

今回は、ジャズ定番曲
「All The Things You Are」
なんだけれど、
最初のピアノだけで弾いているところ、
よ〜く聴くと、ちゃんとテーマの
コード進行なんだね。

      ☆

今回もアドリブ・コーラスで
「今どこを弾いているのか?」
コード進行を頭で思い浮かべて
各小節を追い掛けて聴こう。

アドリブ・フレーズも追い掛けて
頭の中で歌うといい。

効果的な上達法の1つだ。

Keith Jarrett Trio
「All The Things You Are」






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2016年12月16日

キース・ジャレット研究

前回に続いて今回も
キース・ジャレットの
トリオでの演奏を聴こう。

今回は誰でも知っている
「枯葉」だけれど、
テーマをよく聴いていないと
どこを弾いているのか、
分からなくなってしまう。
(特に2コーラス目は、各小節の
頭がどこなのか見失わないように、
拍子をしっかり取って聴くといい)

今回もアドリブ・コーラスで
「今どこを弾いているのか?」
各小節を追い掛けて聴こう。

つまり「コード進行を
頭で思い浮かべて聴く」
ということだね。

ピアノは、アドリブを
何コーラス弾いたかな?

ベース・ソロは?

ドラム・ソロは?

Keith Jarrett
「Autumn Leaves」





あれ、最後は別の曲が?
何の曲か、分かるかな?

それで演奏後に笑っているんだね。


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2016年12月15日

キース・ジャレット・トリオ

今回は、
キース・ジャレット・トリオの演奏で
「It Could Happen To You」
を聴こう。

よく演奏される曲なので
知っていると思うけれど、
知らない人はジャズ曲集で調べて
メロディーとコード進行を覚えよう。

曲を知っていて聴くのと
知らないのでは、
理解度が違ってくるからね。

アドリブ・コーラスで
「今、どこを演奏しているのか?」
常に追いかけて聴こう。

メンバーは、お馴染みだよね。

Keith Jarrett (p)
Gary peacock (b)
Jack Dejohnette (d)

Keith Jarrett Trio
「It Could Happen To You」





最後のテーマで、
<m7−7−m7−7>の
偽終止に入ったところ分かったかな?

何回繰り返したか、分かったかな?


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2016年12月14日

感覚派の人への指導法

今月になって矢野顕子の動画を
いくつか観てもらったけれど、
本当の実力がわかったでしょう?

私は40周年記念CDを買ってから、
すぐに楽譜を12冊も買ってしまった。

もう新刊では手に入らない曲集も含め、
今、手に入る矢野顕子の楽譜を12冊。
(ベスト・アルバムや中古で高いものは
除いて)

感覚派の生徒を指導する時のヒント
になるのでは?と思って研究しよう
と思ったからだ。

これだけの説明では誤解されそうだが、
いつか詳しく話す時があるかもしれない。

ジャズ理論を学ぶことは当然だけれど
特別に難しい理論を知らなくても弾ける。

そんな学習方法、指導法があるはずだ。


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2016年12月13日

上達のコツは聴くこと

前回「モントルー供
(ビル・エヴァンス)
を紹介したけれど、1枚目も名盤!

お城のジャケットで有名だ。

このCDも上達のために聴いてみよう。

「モントルー・ジャズ・フェスティヴァル
のビル・エヴァンス+1」
ビル・エヴァンス (アーティスト, 演奏)
形式: CD





<CDの説明> Amazonより

“ジャズ百貨店”キャンペーン【Verve編】。

モントルー・ジャズ・フェスの名前を
世界的に広めた傑作ライヴ盤。

ジャック・ディジョネットの参加によって、
ビル・エヴァンス・トリオの作品の中でも、
いつもよりクールで躍動感が漲る
アグレシッヴな演奏となった。

心に沁みるソロ演奏も素晴らしい。

1968年6月15日スイス、
モントルー・ジャズ・フェスティヴァル
にてライヴ録音。
(C)RS

モントルー・ジャズ・フェスティヴァルのビル・エヴァンス+1

<曲目リスト>
1. イントロダクション/ワン・フォー・ヘレン
2. ア・スリーピング・ビー
3. 伯爵の母
4. ナーディス
5. 愛するポーギー
6. あなたの口づけ
7. エンブレイサブル・ユー
8. いつか王子様が
9. ウォーキン・アップ
10. クワイエット・ナウ(ボーナス・トラック)


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2016年12月12日

ジャズ・ピアノ上達法

ジャズ・ピアノ上達のためには、
「ジャズのCDを聴かなければダメだ」
と、いつも生徒たちに言っている。

アッコちゃん(矢野顕子)も
自分の本(えがおのつくりかた)
の中で、次のCDを紹介している。

高校生の時に、
ビル・エヴァンス「モントルーII 」を
「毎日のように聴いていた」
と言っている。

やはり上手くなるには
毎日聴かなくちゃいけない。

「モントルーII 」
Blu-spec CD
ビル・エヴァンス
形式: CD





<内容紹介> Amazonより

巨匠ビル・エヴァンスによる
ピアノ・トリオのライヴの美学。

1970年度
モントゥルー・ジャズ・フェスティバル
実況録音盤。

モントルーII

<曲目リスト>
1. イントロダクション〜ベリー・アーリー
2. アルフィー
3. 34スキドゥー
4. ハウ・マイ・ハート・シングス
5. イスラエル
6. アイ・ヒア・ア・ラプソディー
7. ペリーズ・スコープ

☆リマスタリングを施したBlue-Spec CDで
再発するCTIレーベル究極の40セレクション。


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2016年12月10日

完全なジャズ矢野顕子

矢野顕子と上原ひろみのピアノデュオは
数日前(12月6日)に聴いてもらったけれど、
今回も同じ2人の演奏で別の曲を聴こう!

これも完璧なジャズだね。

最近ずっと紹介している動画すべてに
共通していることは、リズムに乗ること。

この2人の「ノリ」を感じてほしい。

やはりジャズは乗らなきゃダメだ。

では、じっくり鑑賞しよう。

矢野顕子/上原ひろみ-「そこのアイロンに告ぐ」





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2016年12月09日

歌伴奏の展開法を学ぶ

歌の伴奏を学びたい人、
弾き語りをしている人、
アッコちゃんの動画を観ると、
いろいろなことが学べるよね。

1曲の中でいろいろな要素を入れ
変化(緩急)を付けているんだね。

例えば、

☆コードを切って入れて、
空白を歌が進んでいく。

☆コードをリズミックに弾いて乗る。

☆さらにノリを増すために
次の小節のコードを
半拍前に出しアクセントを付ける。
ジャズでは当然のことだけれど。

☆普通のコードではなく、
ジャズ・コード(テンション)を使う。

☆アルペジオにして少し静かになる。

☆強弱をハッキリ付ける。
間奏などは音を大きくしてアドリブ。

☆曲中でのしゃべり(挨拶)。
この演奏は、その日の最後だったのかな?

☆全体を通しての特徴は、笑顔で
視線はお客さんの方を中心に見て、
鍵盤はほとんど見ないで弾いている。

では、ライブを観て学ばせていただこう!

        ☆

ごはんができたよ - 矢野顕子





まだまだいろいろ学べることはあると思う。
自分で他の要素も見付けて、
あなたの音楽に取り入れよう。


terusannoyume at 23:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0)効果的なアドリブ上達法 | テクニック向上を目指して

2016年12月08日

「弾き語り」のお手本

アッコちゃんの弾き語りを観よう。

今回は伴奏のお手本を学ぼう。

楽譜に書いてあるものではなく、
その場でやっている伴奏だから、
リズムに乗って自然な感じだね。

コード進行さえ覚えておけば、
その時の気分でどんな風にも弾ける。

ジャズ・ピアノが弾ければ、
そんなことは当たり前だよね。

間奏などもアドリブと同じように
毎回変えて自由自在に弾ける。

そんなところを意識して観ながら、
他にもいろいろと学んでほしい。

気が付いたところは、
早速自分の音楽に取り入れよう。

      ☆

すばらしい日々 - 矢野顕子
(12/05/12)






terusannoyume at 19:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)愛と感謝の即興演奏法 | コード進行の勉強

2016年12月07日

リズム感を訓練しよう

矢野顕子トリオの
「ちいさい秋みつけた」を
観て(聴いて)みよう!

きっと「カッコいい」と思うよ。

原曲はどこへいったの?という感じ。

後半のアッコちゃんのアドリブも盛り上がる。

リズム感を身に付けるために、
この動画を観ながら
一緒にリズムに乗ってみよう。






terusannoyume at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)効果的なアドリブ上達法 | リズム・トレーニング

2016年12月06日

矢野顕子×上原ひろみ

ポップスの矢野顕子しか知らない人は
ぜひこの動画を観て欲しい。

ジャズ好きなら誰でも知っている
「SO WHAT」をモチーフに
「ラーメンたべたい」を
ものすごく高度な音楽(ジャズ)に仕上げている。

この2人のピアノ・デュオは最高の組み合わせ。

上原ひろみは、あなたも知っていると思うけれど
抜群のテクニック、上手さ、もう何も言うことない。

途中でジャズ・ピアニストとしての
アッコちゃんのアドリブも聞けるぞ。





次の動画も同じ曲で、別の日の演奏。
こちらも当然だけど盛り上がっているよね。






terusannoyume at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)効果的なアドリブ上達法 | 「上原ひろみ」分析研究

2016年12月05日

矢野顕子40周年CD

前回は
矢野顕子デビュー40周年記念
ベストアルバム「矢野山脈」の
「完全生産限定盤」
(CD+DVD, Limited Edition)を
紹介したけれど、今回は
通常盤(CD3枚のみ)を紹介する。

しかし熱心な大ファンならば、
「完全生産限定盤」を手に入れた方が
(絶対に)いいと思う。
その理由は、前回の記事を参照してね。

私も「完全生産限定盤」を手に入れて
大正解だった。
(さらに詳しい理由は後日話す予定だ)

      ☆

矢野山脈 (通常盤)
Original recording remastered
矢野顕子 形式: CD





矢野顕子
40th Anniversary
究極のALL TIME BEST ALBUM
「矢野山脈」

<内容紹介> Amazonより

◆1976年、
天才ピアノ少女として
矢野顕子がアルバム
「JAPANESE GIRL」で
ソロデビューして、40年。

日本音楽界に残してきた
数々の名曲と伝説を称え、
これまでできなかった、
所属レーベル・事務所の垣根を越えた
究極のオールタイムベストを発売。

矢野顕子が
40年をかけ創り出した
ジャパンポップスの巨大な山
「矢野山脈」ここに誕生!

◆年代ごとに
3枚のCDに分けて収録した
代表曲の数々に加え、
40周年を記念しSeihoを
トラックメーカーに迎え、
新たに再録される
「春咲小紅(矢野山脈ver.)」
も入った51曲。

◆CD全曲最新リマスタリング音源。

矢野山脈 (通常盤)

[収録内容]

■CD1: BEST SONGS 1976-1984
1.気球にのって
2.電話線
3.丘を越えて
4.行け柳田
5.昨日はもう
6.ト・キ・メ・キ
7.ひとつだけ
8.ごはんができたよ
9.在広東少年
10.ただいま
11.春咲小紅
12.ROSE GARDEN
13.愛がなくちゃね
14.どんなときも どんなときも どんなときも
15.ラーメンたべたい
16.GREENFIELDS

■CD2: BEST SONGS 1985-1997
1.はこ
2.David
3.Home Sweet Home
4.そこのアイロンに告ぐ
5.ふりむけばカエル
6.自転車でおいで
7.Watching You
8.BAKABON
9.湖のふもとでねこと暮らしている
10.SUPER FOLK SONG
11.PRAYER
12.SHENANDOAH
13.にぎりめしとえりまき
14.夢のヒヨコ
15.愛について
16.クリームシチュー[The Stew]
17.All The Bones Are White

■CD3: BEST SONGS 1998-2016
1.ひとりぼっちはやめた[QUIT BEING ALONE]
2.Dreaming Girl
3.あたしンち
4.N.Y.C.
5.PRESTO(feat. 岸田繁)
6.中央線(feat. 小田和正)
7.ひとつだけ(feat.忌野清志郎)
8.When I Die
9.変わるし
10.きよしちゃん
11.いい日旅立ち
12.多摩蘭坂
13.セラピー
14.飛ばしていくよ
15.ISETAN-TAN-TAN
16.Tong Poo
17.Welcome to Jupiter
18.春咲小紅(矢野山脈 ver.)


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2016年12月04日

矢野顕子40周年記念CD

矢野顕子デビュー40周年記念の本を
数日前に紹介したけれど、今回は
記念ベスト・アルバムを紹介する。

通常盤はCD3枚のみだが、
完全生産限定盤は、その他に
4枚目のCDとDVD(1枚)、
そして写真集が加わる。

ファンは通常盤ではなく、
「完全生産限定盤」を手に入れよう。

私も「完全生産限定盤」を手に入れて
大変満足している。

やはり映像(DVD)がある方が良い。

それから写真集も。

デビュー前、ジャズピアニストを
目指していた頃のセッション中の
貴重な写真が2枚ある。

私が直接知っているアッコちゃんは、
この頃なので、とても懐かしかった。

その後の40年間を、この限定盤で
じっくり聴かせてもらったけれど、
やはりスゴイ才能があったんだね。

矢野山脈 (完全生産限定盤)
CD+DVD, Limited Edition
矢野顕子 形式: CD





<内容紹介> Amazonより

------------------------
矢野顕子
40th Anniversary
究極のALL TIME BEST ALBUM
「矢野山脈」
--------------------------

◆1976年、
天才ピアノ少女として
矢野顕子がアルバム
「JAPANESE GIRL」
でソロデビューして、40年。

日本音楽界に残してきた
数々の名曲と伝説を称え、
これまでできなかった、
所属レーベル・事務所の垣根を越えた
究極のオールタイムベストを発売。

矢野顕子が40年をかけ創り出した
ジャパンポップスの巨大な山
「矢野山脈」ここに誕生!

◆年代ごとに
3枚のCDに分けて収録した
代表曲の数々に加え、
40周年を記念しSeihoを
トラックメーカーに迎え、
新たに再録される
「春咲小紅(矢野山脈ver.)」
も入った51曲。

◆CD全曲最新リマスタリング音源。

◆完全限定生産盤は
通常盤同様の3CDの他に、
TV・映画・CMに提供した曲や
国内海外アーティストとのコラボ曲、
さらにはデビュー前の未発表音源
「ジャズベとともに」など貴重な27曲を
収録したCD「BEST ANOTHER SONGS」、
これまで発表された
ミュージックビデオを集めたDVD
「BEST MUSIC VIDEO」、
デビュー当時の写真から
今までの数々写真たちを見る
矢野顕子の音楽人生を観る写真集
「BEST PHOTOS 1976-2016」
も同梱した超豪華特別仕様
(A4サイズ特製ケース)。

[収録内容]

■CD1: BEST SONGS 1976-1984
1.気球にのって
2.電話線
3.丘を越えて
4.行け柳田
5.昨日はもう
6.ト・キ・メ・キ
7.ひとつだけ
8.ごはんができたよ
9.在広東少年
10.ただいま
11.春咲小紅
12.ROSE GARDEN
13.愛がなくちゃね
14.どんなときも どんなときも どんなときも
15.ラーメンたべたい
16.GREENFIELDS

■CD2: BEST SONGS 1985-1997
1.はこ
2.David
3.Home Sweet Home
4.そこのアイロンに告ぐ
5.ふりむけばカエル
6.自転車でおいで
7.Watching You
8.BAKABON
9.湖のふもとでねこと暮らしている
10.SUPER FOLK SONG
11.PRAYER
12.SHENANDOAH
13.にぎりめしとえりまき
14.夢のヒヨコ
15.愛について
16.クリームシチュー[The Stew]
17.All The Bones Are White

■CD3: BEST SONGS 1998-2016
1.ひとりぼっちはやめた[QUIT BEING ALONE]
2.Dreaming Girl
3.あたしンち
4.N.Y.C.
5.PRESTO(feat. 岸田繁)
6.中央線(feat. 小田和正)
7.ひとつだけ(feat.忌野清志郎)
8.When I Die
9.変わるし
10.きよしちゃん
11.いい日旅立ち
12.多摩蘭坂
13.セラピー
14.飛ばしていくよ
15.ISETAN-TAN-TAN
16.Tong Poo
17.Welcome to Jupiter
18.春咲小紅(矢野山脈 ver.)

矢野山脈 (完全生産限定盤)

■CD4: BEST ANOTHER SONGS
TV・映画・CMに提供した曲や、
国内外ミュージシャンとのコラボ曲、
デビュー前の未発表音源
「ジャズベとともに」になど
貴重な曲ばかりを集めた27曲を収録。

1.女、キラキラ。男、そわそわ。
2.虹をかけたい
3.White Morning
4.不思議、大好き。
5.不思議、大好き。Part2
6.おいしい生活
7.おいしい生活 Part2
8.さいこうのおかぁさん
9.冬の夜空
10.風になる
11.ゆうぐれ
12.さっぽろ地下街ポイントクラブの歌
13.本をひらくと
14.夕べのうた
15.雪
16.コニャラの歌
17.すこしだけやさしく
18.おなかすいたねの歌
19.すばらしい日々
20.Akiko's Song
21.Sake In The Jar
22.くまんばちがとんできた
23.誰がために
24.しあわせなバカタレ
25.窓
26.1,2,3
27.ジャズベとともに

■DVD: BEST MUSIC VIDEOS
これまで発表された
数々の矢野顕子ミュージックビデオ
を収録予定。

■写真集:BEST PHOTOS 1976-2016
写真で見る矢野顕子の音楽人生。
デビュー当時の写真から
今までの 数々写真たちを
一冊にまとめる。


terusannoyume at 21:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)効果的なアドリブ上達法 | テクニック向上を目指して

2016年12月03日

矢野顕子インタビュー(2)

前回の続き、
矢野顕子インタビュー
後編をお楽しみ下さい。

      ☆

デビュー40周年、
築いた“大きな山”をアルバムに

矢野顕子(後編)
2016年11月28日
朝日新聞デジタル

ジャズ、テクノ、ポップス〜〜。
ジャンルという境界線を超え
自由奔放に遊び、
それでいて緻密で繊細な音楽で
聴く者を魅せ続けてきた。

今年、
デビュー40周年を迎える
矢野顕子さんが語る、
「春咲小紅」、
ニューヨーク、
そしてこれから。
(文・中津海麻子)

    ◇

(前編から続く)

「YMOは私にとって新しい体験だった」

〜〜1978年に結成した
イエロー・マジック・オーケストラ
(YMO)に、
サポートメンバーとして
参加しました。〜〜

YMOは、当時の私にとっては
「細野さんの新しいバンド」で、
そのバンドをお手伝いした
という感じでした。

細野さんとは
本当に長い付き合いで、
いまだに
「この間まで17歳だったじゃない?」
なんて言われるんだけど(笑)。

それまでの私は、
自分の中から湧き出てくる音や
リズムをそのままアウトプットして、
聴く方々に楽しんでもらっていた。

でも、YMOの音楽は
決められたリズムがあって、
それをきちんと弾く。

さらに、ピアノじゃなくて
シンセサイザーだったので、
弾き方も違う。

訓練が必要だったけれど、
等しいリズム、
きちんとしたリズムにのっとって
自分を表現するのは、
新しい体験だった。

YMOという音楽のフォーム中の
「一つの部分」を受け持つことも、
私にはとても新鮮でした。

〜〜YMOは
まず海外で大ブレークし、
日本でも
人気バンドという域を超える
社会現象に。
その熱狂の渦中にいて、
YMOはどんなバンドだと
感じていましたか?〜〜

YMOは
世界最高のダンスバンドだった。

インタビューなどで聞かれるたびに
そう答えてきましたが、
その思いは今も変わりません。

音楽自体はテクノだったから
「機械的」と言われ、
確かに音は
機械から出されたものだけれど、
彼らはそれまでになかった
新しいリズムを作ったんです。

そして、
ライブがものすごく
かっこよかった。

何より3人とも
とてもうまかった。
演奏の技術が飛び抜けて
優れていました。

あのころ、
YMOのようなバンドは
世界中どこを探してもなかった
と思いますね。

☆「春咲小紅」が大ヒット

〜〜81年、
化粧品のCMソングに起用された
「春咲小紅」が
大ヒットしました。〜〜

ヒット曲を出すこと、
お金を得ること、
広く自分の名前が
知られるようになること。

どれも興味がなく、
まったく望んでいないことだったので、
正直複雑な気持ちでした。

でも半面、
自分の曲がお茶の間にも流れて、
たくさんの人に知ってもらえる喜びも
感じていました。

1曲ヒットすると、
似たような感じの曲や、
「春咲小紅」が好き
という人たちに受ける、
わかりやすい曲を作るのが
普通です。

でも私はその後、
小学1年の子どもの詞に
曲をつけたりと、
「春咲小紅」で得た
新しいファンには
まったく親切じゃない
アルバムを作った。

そういうところは、
さすが私!
って思います(笑)。

〜〜前年に美雨さん
(ミュージシャン
の坂本美雨さん)
が生まれ、
ワーキングママだったのですね。
子育てをしながらの音楽活動は
大変だったのでは?

もちろん、
小さい子どもを抱えて
仕事をするのは大変でした。

長男のときもそうだったけど、
あちこち連れて歩いて、
そのへんにいる人に
「ちょっと見てて」って(笑)。
スタッフに友だちに
ベビーシッターさんに、
周りを巻き込んで
乗り切っていったように思います。

とはいえ、実は
ほとんど覚えてないんだけどね(笑)。

☆NYに移住したからこそ生み出せた音楽

〜〜90年には一家で
ニューヨークに移住されます。〜〜

当時の夫(坂本龍一さん)の
海外での仕事が多くなり、
東京と行ったり来たりが
大変だったので、
じゃあ引っ越す?
みたいな軽いノリでした。

ただ、子どもたちを
まったく違う文化の中で育てたい
という気持ちが強かった。

自分の常識が通用しない世界、
それが基本なんだっていうことを
教えたかったんです。

そういう意味で、
移住はとてもいいきっかけでした。

〜〜ミュージシャンとして
ニューヨークでも活動を続けました。
ニューヨークはどんな街でしたか?
環境が変わったことで
自らの音楽や創作活動に変化は?〜〜

ニューヨークは
本当に特殊な場所で、
世界中から
自分の音楽を作りたい、
聴いてほしい
という人たちが
集まってくる。
当然競争は激しく、
だからこそ
本気で
ものづくりをしたい人にとっては
最高の環境だと思います。

音楽は
根本的には変わらないですね。
ただ、あのまま
日本に住み続けていたら
できなかった音楽を
生み出せるようになった。
それは間違いありません。

日本にいれば
もっと仕事がしやすいし、
もっと収入も得られるし、
スタッフだって
もっともっと
楽にできることが
たくさんあったでしょう。

でも、新しい曲を作りたい
という欲求や、
作られねばならない
という衝動が続いたかは、
甚だ疑問です。

それまで自分が培ってきた常識が
通用しない世界で、
今から考えると
本当に貧しい英語で、
よく暮らしていたなぁ
と思うんだけど、
そういう中でこそ
「自分は何者であるか」
を深く考える。

そういう状況から生まれる音楽は、
日本にいたらできなかったと思います。

〜〜以来、ニューヨークに
拠点を置きながら、
日本での音楽活動を
続けてきました。
矢野さんにとって、
アメリカと日本、
それぞれどんな場所ですか?〜〜

この前ね、
ジャズピアニストの
上原ひろみちゃんと
話してたんだけど、
成田空港に着いて
ゲートを抜けたあたりに
「おかえりなさい」
って書いてある。

あれを見てどう思う?って。

彼女は「帰ってきた」
って思うんですって。

でも、私は思わない。

私にとっては
「日本に行って、アメリカに帰る」。

それは、
ニューヨークが長い間
家族と暮らした場所だから。
友だちがいて、
生活の基盤がすべてあるから。
今は猫1匹しかいないんだけど、
それでもそこが家であり、
ホームなんです。

〜〜マンハッタンで暮らしていた
2001年9月11日、
アメリカ同時多発テロに遭遇しました。
創作活動への影響はありましたか?〜〜

ワールドトレードセンターから
950メートルの距離にいました。

とはいえ、
私が失ったのは
自宅から見える景色だけ。
何も失っていない。
それでも
計り知れないほどの衝撃を受け、
人種や宗教の問題など
アメリカが抱える様々なことを
目の当たりにしました。

そうした中、
普段はクールで
自我が強いニューヨークの人たちが
みんな助け合い、支え合っていた。
あの光景、雰囲気は
初めて経験するものだった。

そして、
書く歌詞が変わりました。
どんなに目の前に
絶望的な状況があったとしても、
決してそれに甘んじてはいけない、
希望を持って生きていくことが
人間にとってどれだけ大事なことか〜。

そういう思いを
詞に込めるようになったのです。

あのあと日本では
東日本大震災が起きましたが、
おそらく日本の人が
3.11で受けた衝撃と喪失感、
そして再生する力を、
私は9.11のNYで
感じたのだと思います。

☆音楽って、
おいしい料理を作るのと似ている

〜〜ジャンルや年代を超え、
様々なアーティストと積極的に
コラボレーションしています。
共作するモチベーションは?〜〜

たとえば、
この食材と食材を組み合わせたら
思ってもみなかった
おいしいお料理ができた。
そんなとき、作る側も味わう側も
とてもうれしくて、
満足感がありますよね?

それと同じで、
私の中から出てくるものと
相手の方から出てくるもの、
それが合わさって
新しい何かが生まれたときの喜びが、
コラボレーションすることの
楽しみです。

私はどなたともできるので
苦労を感じたことはないけれど、
でも、培ってきたものが違う人とは
共通の言語を見つけなければいけない。

そのための時間と労力は惜しみません。

〜〜お料理のたとえ、
とてもわかりやすいし
楽しいですね!〜〜

でしょ?(笑)
似てるわよね、料理と音楽って。
どちらもありふれたものだけど、
本当においしいものを食べたときの
「ああ、おいしい!」と
感激する気持ちや、
いい音楽を聴いたときの感動は、
どちらも明日への活力になる。

最良の料理、最良の音楽は、
人生の喜びになるんです。

でも、どこにでも
転がっているものじゃない。

材料を厳選したり
ソースを工夫したりして、
「もう一度、この店の料理が食べたい」
と思ってもらえる。

私はそんな音楽を、
これからも作っていきたいですね。

☆デビュー40周年で
「オールタイムベスト」

〜〜今年デビュー40年を
迎えられました。
振り返っていかがですか?〜〜

「40周年ですよ」
って言われて、
「あ、そうなの?」って。

実はあまり覚えてないの(笑)。
言われてみれば
そんなことあったわね、
そういう曲書きましたね、
みたいな程度で。
でも、改めて
自分が録音したものを聴いてみると
「かっこいいじゃない!」
って思うのよ、本当に(笑)。
よくこんなプレーできたわね、
って、
ちょっと自分を
褒めてあげたいですね。

〜〜11月30日には
オールタイムベスト
「矢野山脈」を
リリースされます。〜〜

このタイトル、
自分でつけたんです。
「40周年のベストアルバム、
何かないですか?」って言われて、
即座に「山脈。矢野山脈」って。
苦労して山あり谷あり、
っていうことではなくて、
英語で言う「massive」。
何かどでかい塊、
そういうイメージですね。
40年分たまったら
結構な量になるじゃん?って。

でもその中に、
最良の材料を
あちこちから集めてきて、
おいしいソース作りに
試行錯誤を繰り返して、
という苦労はあった。
まぁそれも、
きれいさっぱり忘れているけど。

〜〜とても得な性格?〜〜

ねぇ(笑)。
過去に作ったものを
今聴いてもらい、
皆さんに喜んでいただけたら、
私、本当にいいことしたなぁ、
ってうれしくなります。

〜〜山脈の先に、
どんな風景が見えていますか?〜〜

宇宙、かしら?(笑)。
自分の音楽を作りたい
という気持ちがある限りは、
作り続けていると思います。
ピアノを弾くのが嫌になったことは、
生まれてこのかた一度もないので。
あ、でも練習はイヤよ(笑)。

  ◇

矢野顕子(やの・あきこ)

1955年、東京生まれ。
青森で過ごした幼少時から
ピアノを始める。
青山学院高等部在学中から
ジャズクラブ等で演奏、
1976年
「JAPANESE GIRL」でソロデビュー。

1979〜80年、
YMOの2度のワールドツアーに
サポートメンバーとして同行。

1981年、
シングル「春咲小紅」がヒット。
ポップスのフィールドにいながらも、
常にジャンルにとらわれない、
自由・ユニークで質の高い音楽を
生み出し続けている。

1990年、
生活と音楽制作の拠点を
ニューヨークに移す。

2000年代に入り、
エレクトロニカ系ミュージシャンの
故レイ・ハラカミや、
ジャズピアニストの
上原ひろみなどとコラボ。

2015年、
アルバム「Welcome to Jupiter」
をリリース。
また、20周年を迎えた
「さとがえるコンサート」で
TIN PAN
(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)と共演、
その模様をおさめたアルバムと
映像作品の2作を発表。

2016年、
ソロデビュー40周年を迎え、
11月30日に
オールタイムベスト「矢野山脈」をリリース。

矢野顕子 公式ホームページ:
http://www.akikoyano.com/


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2016年12月02日

矢野顕子ジャズを目指す

矢野顕子が
ジャズ・ミュージシャンを
目指していた頃を語っている
貴重なインタビューがあったので、
ぜひ読んでみて下さい。

あなたの勉強のヒントになることも、
きっとあると思いますよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜10代、
ジャズミュージシャンを
ひたすら目指して〜

矢野顕子(前編)
2016年11月24日
朝日新聞デジタル

ジャズミュージシャンになるために
高校を中退し、
10代からレストランやクラブで
ピアノを奏で、
その才能は瞬く間に
音楽業界で注目を集めた。

矢野顕子さんが
青森で過ごした少女時代の思い出から、
プロを目指して働いた夜の世界、
そしてデビューまでを振り返る。

(文・中津海麻子)

       ☆

☆子どもの頃から指の赴くまま弾いた

〜〜幼いころの音楽の思い出は?〜〜

東京で生まれ、
3歳からは医師の父が開業した
青森で育ちました。
両親とも音楽好き、
特に父がハワイの民族音楽や
南米のラテンミュージックといった
洋楽が好きで、
そんなレコードがかかっていましたね。

あとはラジオ。
NHKのFM放送が始まり、
いろんな音楽がラジオから
流れてきたことを覚えています。

最初に買ってもらったレコードは、
ウィーン少年合唱団のLP。
私が欲しいって
おねだりしたんだと思います。
あのころウィーン少年合唱団って、
少女たちのアイドルだったから(笑)。

〜〜ピアノを始めたのは?〜〜

3歳から音楽教室に通い始めました。
おそらく母が、戦争中に
自分がやりたくてもできなかったことを
娘に託した……んじゃないかな。
最初は音楽に合わせて体を動かしたり、
その中で初めてピアノに触れました。

小学校の高学年までは
その教室でピアノを習いました。
ただ、私は
周りのどの子とも違っていた。
譜面が読めないし、記憶するのも苦手。
曲の最初の部分は覚えているんだけど、
楽譜の2ページ目ぐらいから
怪しくなってくる。
でも「まぁいいや」って
指の赴くまま即興で弾き続け、
「そろそろかな?」と
思ったところで終わる。
最初の発表会がそうでした。
辻褄(つじつま)を合わせるのが
うまいのね。
それは今もまったく変わらず、
とても役に立ってるけれど(笑)。

教室は
一人ひとりに合わせた指導をしていて、
そうするとロマンチックな曲は
ほかの子に行ってしまい、
私にはちょっと変わった曲しか来なくなる。
「私はそういうキャラクターなんだな」
と、子どもながらに
なんとなくは感じていましたね。

そのうちジャズが好きになって、
クラシック音楽をやる意味は
自分にはないと
思うようになり、
教室には行かなくなりました。

そこからは独学。
ラジオで聴いた曲を
耳で覚えて弾いてみたり。

中学生になると
父がジャズ喫茶に
連れて行ってくれたので、
そこで聴いたレコードを
なーんとなく弾いてみる。
自分流でね。

☆中学でジャズ喫茶通い、
高校からピアノ弾きの仕事に

〜〜中学生でジャズ喫茶通いとは
渋いですね。〜〜

ね(笑)。
でも、父は私を置いて
別の店に飲みに行っちゃうの。

私は一人カウンターに座り、
コーラとか飲みながら
「次はあれを聴かせてください」
なんて言って。
喫茶店の人も困った顔してた(笑)。

11時ぐらいになると
父が迎えに来てくれて、
一緒に家に帰る。

娘を見ていると、
ピアノを弾いたり
音楽を聴いたりしていることが
一番幸せそうで、
それを伸ばしてあげようと
思ってくれたのかもしれませんね。

〜〜中学卒業後は、
青山学院高校に進学するため
上京されます。〜〜

当時、高校で軽音楽部があるのは
青山学院だけだったんです。
入学式が終わるやいなや音楽室に向かい、
入部しました。
でもすぐに「違うかも」と。

とにかく
ジャズに関係のあるところに行きたくて、
でもその前に高校は出なきゃいけない。
だからここに来た。
すべてはプロの音楽家になるための
手段だったんです。

ところが、当たり前だけど
軽音部の人たちは
そうは思ってないわけで。
ロックが
台頭してきた時期だったこともあり、
先輩たちは
みんなロックをやっていた。

「毎日ジャズを頑張るんだ!」
と勇んでいた私には、
なんだか頼りなく見えちゃったんです。

そんな中、
1年生のときに学内で
作曲コンクールがあり、
ベースとドラムと組んだピアノトリオで
自作曲を発表、優勝しました。

青学は初等科から上がってきた
「内部」の人と、
私のように高校受験で入ってきた
「外部」がいて、
微妙に温度差があってね。

外部の、しかも1年の女の子が
優勝をかっさらった、
っていうのですごく話題になった。

「一体、何者だ?」って(笑)。
そして、
同級生たちが「いい曲だね」とか、
私の存在が「励みになる」とか、
ものすごく褒めてくれたんです。

それまでも
褒められたことはありましたが、
直接に反応を感じたのは初めてだったし、
自分のしたことが誰かの励みになる
ということがうれしかった。

音楽でプロフェッショナルの道を歩む、
それが自分にとって天職なんだと
確信した出来事でした。

そんな私を軽音部の先輩の一人が
おもしろがってくれて、
学校外のジャズのサークルとか
大学のサークルとか、
いろんなところに
連れて行ってくれました。

そうこうしているうちに、
レストランからピアノを弾く仕事を
もらうように。

夜遅くまで働くので、
次の日は朝7時に起きて学校に行く、
ということができなくなって。
高校を辞めました。

〜〜ご両親は反対しなかった?〜〜

二人とも意外とあっさりしていました。
父は「しょうがないんじゃないの?」
という感じで。
さらに、私は当時杉並に住んでいて、
夜までレストランで弾いていると
帰りが遅くなってしまう。
若い女の子がそれでは心配だと、
父が知り合いの安部譲二さんに頼み、
当時赤坂にあった安部さんのご自宅に
居候させてもらうことになりました。

そのころ、安部さんご夫妻が
青山でジャズクラブ「ロブロイ」を
やっていました。
私はあちこちのレストランやクラブで
ピアノを弾き、その仕事が終わると
ロブロイに立ち寄って
安部さんたちと一緒に帰るんです。
そして、やがてロブロイでも
弾くようになりました。

〜〜周りは大人ばかりの中、
10代で働き始めた。
どんなことを感じ、学びましたか?〜〜

私はバンドマンの狭い世界しか
知らなかったけれど、
音楽だけでなく、
社会人として大切なことや礼儀、
女性としての振る舞いは、
ホステスさんや
下働きのお兄さん、
安部さんのお店など、
夜の世界が
教えてくれたように思います。

子どもだったから
すべてを
理解していたわけじゃないけれど、
「そうだったんだ」と思うことは
後になってたくさんありました。

世間的に見れば
健全ではなかったかもしれないけど、
私にとってはとても健全な世界だった。

何よりいろんな音楽を聴いて、
いろんな人とセッションし、
本当に音楽に囲まれて生活していた。

音楽を仕事にしたかった私にとって、
それは幸せな時間でした。

☆アルバム「JAPANESE GIRL」でデビュー

〜〜プロとしてデビューすることへの
ビジョンやプランはあったのですか?〜〜

ありませんでしたね。
ロブロイでは演奏しながら
歌ってはいたけれど、
自分はあくまでもピアニストで、
歌手とは言えないと思っていた。
そもそも、レコードを出したり、
自分が表舞台に立ったり
ということは邪道だ、と。

作曲やピアノの伴奏こそが
私のやるべきことなんだ、という、
バンドマンの誇りみたいなものが
あったのです。

でも、
いろんな場所で弾くうちに
スタジオミュージシャンとして
声がかかり、
作曲家の筒美京平さんが
私のことを
すごく気に入ってくださって、
ご自身のセッションに
よく呼んでくれるように。

そこで人脈が広がり、
当時フィリップスレコードで
ディレクターだった
三浦光紀さんが
私のレコードを作りたい
と言ってくれて。

そして76年、
アルバム「JAPANESE GIRL」で
デビューしました。

〜〜表舞台には出たくない
という心境に
変化があったのですか?〜〜

実はその2年ぐらい前に、
自分のバンドで
シングル盤のレコードを
出したことがありました。

そのときはいやだった。

歌うことにも
レコードを出すことにも
興味がなかったし、
「私の音楽はこうです」
と言えない形で世に出るのは
間違っている、
無意味だと思っていたんです。

でも、それからいろいろ考えて、
自分が
「こういうものを作りたい」
という
明確なビジョンがある作品ならば、
それは世に出したいと
思うようになっていったのです。

これまで聞いたことのない音楽をやりたい、
じゃあどんなものが作れるだろう? 
そう考えたとき、
自分が日本人であることは
とても大きなファクターとして使えるな、と。
自分の中で
比較的身近だった日本の音楽が
民謡だったので、
青森の民謡や邦楽の楽器に
ついて勉強して。

「JAPANESE GIRL」は
そうした生まれたのです。

〜〜自分が作りたいものを作る、
その手応えはありましたか?〜〜

もちろん!
今でも
素晴らしいレコードだと思っています。

バックバンドに、
A面は
アメリカのリトル・フィートが、
B面は
細野晴臣さんや林立夫さんといった
ティン・パン・アレー、
あがた森魚さん、
ムーンライダーズのメンバーが
参加してくれて、
純粋に楽しかった。

世の中からも作品を認めてもらって、
それはうれしかったけれど、
一方で「天才」と言われることが
たくさんあって。
とても違和感がありました。

自分が秀でているなんて気持ちは
まったくなかった。
これが私だから――。
ただそれだけでしたね。

(後編へつづく)

  ◇

矢野顕子(やの・あきこ)

1955年、東京生まれ。

青森で過ごした幼少時から
ピアノを始める。
青山学院高等部在学中から
ジャズクラブなどで演奏、
1976年
「JAPANESE GIRL」でソロデビュー。

1979〜80年、
YMOの2度のワールドツアーに
サポートメンバーとして同行。

1981年、
シングル「春咲小紅」がヒット。
ポップスのフィールドにいながらも、
常にジャンルにとらわれない、
自由・ユニークで質の高い音楽を
生み出し続けている。

1990年、
生活と音楽制作の拠点をニューヨークに移す。

2000年代に入り、
エレクトロニカ系ミュージシャンの
故レイ・ハラカミや、
ジャズピアニストの上原ひろみ
などとコラボ。

2015年、
アルバム「Welcome to Jupiter」
をリリース。

また、20周年を迎えた
「さとがえるコンサート」で
TIN PAN
(細野晴臣/鈴木茂/林立夫)
と共演、
その模様をおさめたアルバムと
映像作品の2作を発表。

2016年、
ソロデビュー40周年を迎え、
11月30日に
オールタイムベスト
「矢野山脈」をリリース。

矢野顕子 公式ホームページ:
http://www.akikoyano.com/


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2016年12月01日

矢野顕子40周年記念の本

独自の世界を展開する
矢野顕子のファンは沢山いると思う。

そんなファンが大喜びする
「矢野顕子ソロデビュー40周年記念ブック」
が昨日発売された。

早速読んでみたけれど、
今まで知らなかったことが
沢山あって面白かった。

私は、アッコちゃんのデビュー前
(高校生の頃)を直接知っているので、
その後のこと、それ以前のことが
この本で全部つながって、
とても興味深く読めたのだと思う。

私が知っているのは、
アッコちゃんがジャズピアニストを
目指していた時期で、
キース・ジャレットのコピーなどを
弾いていたのを覚えている。
(もしかしたら正式にコピーしたのではなく、
レコードを聴いて、その雰囲気で弾いていた
のかもしれない?)

「やのぴあ」
単行本 – 2016/11/30





<内容紹介> Amazonより

矢野顕子とその時代を1冊に。
矢野顕子ソロデビュー40周年記念ブック
『やのぴあ』発売!

高校生時代から
天才少女の名を欲しいままにし、
1976年7月25日、
アルバム『JAPANESE GIRL』で
ソロデビュー。

日本のポップミュージック史上の
金字塔と称される同作以来、
キャリアを重ねるごとに
唯一無二の存在として
異彩を放ち続ける矢野顕子。

国内外のトップミュージシャンとの
コラボレーションによる
音楽的な評価は言うまでもなく、
糸井重里をはじめとする文化人との交流や、
映画、ドラマ、CM音楽等を通じての
広範な認知もあいまって、
女性のロールモデルとしても注目が高まる
彼女のソロデビュー40周年を記念して
『やのぴあ』が刊行される。

本書を手に、天与の才能を持つ矢野顕子と
仲間たちによる豊かな音楽の時代を
味わってみてはいかがだろう。

【コンテンツ】
◎いままでの矢野顕子 ミニ写真集
◎自筆履歴書
◎矢野顕子 インタビュー インタビュアー:清水ミチコ
「矢野顕子のできるまで」
◎矢野顕子&奥田民生 対談
「同じ景色を見ているけれど、違う丘に立つ人」
◎細野晴臣 インタビュー
「音楽のスピリットをつかむ天才」
◎矢野顕子&上原ひろみ ショートインタビュー
「2人にとってピアノとは?」
◎やのぴあコレクション
(わりと)初期の「矢野顕子」秘蔵アイテム
◎鈴木慶一 インタビュー
「矢野顕子というひとつのジャンルなんです」
◎糸井重里 インタビュー
「すべては矢野で突破できる」
◎矢野顕子&糸井重里 対談
「矢野顕子は糸井重里の言葉をどうやって歌にするのか」
◎40周年オールタイムベストアルバム
『矢野山脈』で聴く矢野顕子の40年
◎矢野顕子、かく語りき
「40年間の折々の言葉から」
◎映画『SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。~』
ピアノが愛した女、矢野顕子
◎和田ラヂヲ 書き下ろしマンガ
「わたしの中の矢野顕子」
◎40周年記念コメント集
「わたしの中の矢野顕子」
◎矢野顕子 ディスコグラフィー
◎矢野顕子 挨拶

やのぴあ

内容(「BOOK」データベースより)

本人インタビュー、
40年間の記録、
各界からのコメント集、
関係者が「矢野顕子とは」を語る
インタビュー&対談を収録。

<目次>

いままでの矢野顕子ミニ写真集
自筆履歴書
矢野顕子インタビュー
〜インタビュアー:清水ミチコ
矢野顕子&奥田民生 対談
細野晴臣インタビュー
矢野顕子&上原ひろみ
〜ショートインタビュー
やのぴあコレクション
鈴木慶一インタビュー
糸井重里インタビュー
矢野顕子&糸井重里 対談


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プロフィール
坂元輝(さかもと・てる)
「渡辺貞夫リハーサル・オーケストラ」で、プロ入り(21歳)。
22歳、自己のピアノ・トリオでもライヴ・ハウスで活動開始。
23歳、「ブルー・アランフェス」テリー・ハーマン・トリオ(日本コロムビア)
以後19枚のアルバム発売(現在廃盤)。
28歳、ジャズ・ピアノ教則本「レッツ・プレイ・ジャズ・ピアノ/VOL.1」
以後14冊(音楽之友社)現在絶版。
ネットで高値で取引されている?
(うそ!きっと安いよ)
他に、2冊(中央アート出版社)。
音楽指導歴40年。
プロから趣味の人まで対象に東京、京都にて指導を続けている。
Archives
カプースチン・ピアノ曲集